01.血を拭ってをも殺して

 

あんまり退屈なんで天井を見上げて星の数ほどもあるだろう染みを数えてみたけれど、二千を越えた辺りでバカらしくなってやめた。(むしろどこからが染みでどこからが染みじゃないのかすら曖昧だ。ちゃんと掃除しとけよな)

ずっと上を向いていた所為で痛む首をぐるぐる回して、暗い色彩の中で浮き上がっている銀色に視線を移す。

「いつまでそうしてる気?」

きっと清潔とはいえない冷たいコンクリートに座り込んでじっとそれを見下ろしてる背に声をかけたけど、うんともすんとも言いやしない。

もう丸一日はこうしてるんだから、よく厭きないと感心するね。(むしろそれに付き合っている自分が天使のように思えるよ)

反応がないのにもいい加減腹が立たなくなったので、手持ち無沙汰に頭に載せていた王冠を取ってくるくると回して遊んでみた。

随分と弱々しいライトの光にもきらきらと瞬く金属に、もう一度同じ色をもつ奴に視線を向ける。

やっぱりさっきと変わらない体勢で、微動だにせず其処にいる。(足とかぜったい痺れて立てないね)

 

あの男が死んだ。

 

あの男。

奴が全部を捧げて尽くして愛してたザンザスが。

それはあっけなさ過ぎるほどで、まるで色のない映画を観ているように現実味はない。

命なんてものは札束よりも軽くて吹けば飛んでしまうものだなんて知っていたのに、おかしな話。

むしろいつ費えたって不思議ではなかったそれをどんなときだって頭の何処かで考えていたはずなのに、いざ突きつけられたその瞬間、事実が認識できなかったのはたぶんあいつもオレも似たようものだろう。

ただし、そこには海よりも深く山よりも高い絶対的な溝がある。

あいつはボスの死が信じられないでいるけれど(現在進行形だ)、俺が信じられないのはあの男が敗北したという事だ。

例え勝負の相手が肉を切り裂いて骨を断って戦う相手じゃなくて運命とか神さまだなんて鼻で笑っちゃうような相手であっても、あの男の敗北するなんて!!

それこそ夢にも思わなかったね!!

いつだって絶対的な壁となって其処に立ちはだかっていた男の敗北!!

いやいや。

男の敗北そのもは四六時中脳裏に描いていたさ。

それをするのはオレだと心底から思っていたからね。

あの咽喉笛を切り裂けば、この上なく愉快だろうってね。

それが出来なかったのは至極残念でならない。

そうして、今其処にある玩具で遊べなくなるのも。

だから今のうちに思う存分遊んでおくべきなんだろうと気付いて、途端に無駄に過ごしていた時間が悔やまれた。

ああ、あとどれくらい遊べるだろう。

「スクアーロ」

ちょっと焦って近寄って、名前を呼んで、視界を遮るようにして顔を覗き込んだら、まるで蝋人形みたいだったから思わずげらげらと声を上げて笑ってやった。こんな風に笑ったら普段なら狂犬みたいな目付きで睨むのに無反応。

つまらない。

だけど此処で頬リ投げるなんて勿体ない真似はしない。

最後まできっちり遊ばなきゃ。

オレはこれでもキレイ好きだから、汚れた玩具はまず綺麗にしようと、整ってるけど安物じみた顔に散っているばりばりに乾いた液体だった黒い付着物を伸ばした手で拭った。いつも通り荒れてるくせに厭味なほどの白い肌がお目見えしたが、オレの姿が映りこんでいる銀色はいつものようなぎらぎらとした輝きを失って、水銀のように虚ろにぬめって光るだけだった。

むかついたから髪の毛鷲掴んで引きずり上げて唇に噛み付いてやったけど、ちっともかわらない。

がじがじと軟らかいけどかさ突いた肉を噛んで千切って溢れた血も啜って、そのまんま侵入して犯してやる。

あんたの死体の前でこいつとSEXするなんて、なかなか洒落が効いてていい感じ。でも、生きてるあんたの前でやった時は血みどろの惨劇が繰り広げられて、たいそう愉快だったよ。いまじゃあ愁嘆場ひとつありはしない。

真っ赤になって怒ったくせに、下品な殺気を撒き散らしたくせに、まるで木偶の棒。

ホントていのいいダッチワイフだね。

でも、そんなの今だけで、もう少しすればこいつは狂って大騒ぎして大暴れして破壊しつくして破壊され尽くしてズタぼろになって事切れるんだ。

オレの所為じゃなくて、あんたがいない事に耐え切れなくて自分で自滅。

バカらしくてくだらない。

ああホント、あんたはオレが殺したやりたかったよ。

親愛なるボス、ザンザス!

そうしたらこいつの瞳はあんたへの愛情すら消え失せて、オレへの憎しみだけで染まったろうに!!

この上なく愉しい薔薇色の生活が始まったろうに!

本当に、残念極まりないね。

 

人生ってホント侭ならなくてやんなるね、見てるかもわからない神さま!

 

 

2006.06.16